「 2016年04月 」一覧

どうやってお金を貯めてきたか-投資編その1

どうやってお金を貯めてきたか-消費支出編
どうやってお金を貯めてきたか-住居編
どうやってお金を貯めてきたかー仕事編
どうやってお金を貯めてきたか-教育費編

の続編です。

投資の勉強を始めたのは2014年ですから、それまでは一般にファイナンシャルプランナーなどからアドバイスされることをちっともやってこなかった気がします。

(1)先取り貯金
(2)生活防衛資金の確保
(3)リスク許容度を考慮してリスク資産の割合を決める
(4)時間を分散
(5)投資対象を分散

のどれも実行していませんでした。

ですから私がやってきたことは反面教師としてください。

 

(1)先取り貯金をしてこなかった

どうやってお金を貯めてきたか-消費支出編で書いたように、もともと物欲があまりないので生活に必要な分は給与振込口座から下ろして、

残りはすべて証券会社に移動。
そして次の給料日になっても余っているお金は証券会社に移動。

という感じで、自分でもなぜだかわかりませんが「貯金」という概念が全くありませんでした。

 

(2)生活防衛資金を確保していなかった

まず、「生活防衛資金」という概念すらありませんでした。

失業したら?--次の仕事を探せば大丈夫
病気したら?--保険がある

ということで、(1)にも書いたようにその月に必要な生活費以外は全て証券会社にどんどん移動させていました。

 

(3)無リスク資産に投資してこなかった

投資の勉強を始める前の資産は乗換記録に掲載していますが、見事なほどに無リスク資産がありません。

自分のリスク許容度がわかっていませんでしたし、もしかしたらリスク許容度のリミッターが壊れていたのかもしれません。

相場が暴落して資産が大幅に減っても、ちっとも気にならなかったのです。

「資産が減っても働いていれば明日のお米が買えないってことはないだろう」

「いくら暴落しても0になることはないだろう」

と思ってしまうのです。

しかしそれは、働き盛りの20代~40代の時の考え方。

50代も半ば過ぎるとさすがに

「今後そう長くは働けない」

と思うと、だんだんリスクを取るのが怖くなって、生まれて初めて国債を購入したのは55歳の誕生日の数日前でした。

その時の記事はこちら

長くなってきましたので続きは次回に


どうやってお金を貯めてきたか-教育費編

子供が生まれてすぐに学資保険に入りました。

現在は
「保険はなるべく最低限」
というのがお金を貯める鉄則のようですが、当時は何かと言うと保険に入ったものです。

しかし子供たちには
「別に大学に行く必要ない」
と言っていました。

私自身が周りにサラリーマンが一人もいない環境で育ったので、大学に行って大した勉強もしないのであれば、早く手に職を付けたほうがよいという考えだからです。

そのせいか子供たちは二人とも塾というものに行ったことがありませんでした。

「塾に行きたい」
と言えば、親として通わせなくちゃいけないかなぁと思っていたのですが、とうとう二人とも一度も
「塾に行きたい」
とは言いませんでした。

そこで「塾に行ったつもり」貯金がたまったところで夏休みの3週間、カナダのサマースクールに通わせました。

業者を通さず直接カナダの学校に申し込んで手続きをしたため、成田から子供たち二人だけで旅立った時は多少不安でしたが、インターネットで十分に下調べをしたため、大したトラブルもなく過ごせたようです。

3週間は短いですが、これがきっかけとなり「英語の必要性」を感じてくれればと思ったのです。

その結果二人とも成人した現在、
一人は「英語が大の苦手」
もう一人は「TOEICが900点越え」ですから、
成功率50%というところです。

二人とも結局
「いまどき大学くらい出ておかないと」
などと言って大学に行きました。

自宅から通ってくれましたし、利息のいらない奨学金を借りたり、アルバイトをしたりで、学費以外の負担はほとんどありませんでした。

まぁ学費だけでも結構な負担ですけれどね!


どうやってお金を貯めてきたかー仕事編

「はたらく」ということは「はた(傍)」を「らく(楽)」にさせることだという親の価値観を小さい時から聞かされて育ったせいか、働くことが嫌いではありません。

高校一年生で初めてアルバイトをしてからこれまで、その時々の状況で正社員だったり、ダブルワーク、トリプルワークをしたり、派遣だったり、在宅勤務だったりと形態は色々ですが、育児中も介護中もずっと働いてきました。

卒業後最初に就職した会社は社員数100人ちょっとで、全社員が顔見知りという家庭的な雰囲気の会社でしたが、将来性のある業界でした(現在は社員数も1000人近くになっている)。

就職後、ある勉強をすれば自分にとっても会社にとってもプラスになると考え上司に交渉し、仕事が終わった後週2回、その勉強ができる学校に通わせてもらいました。

授業料も会社が出してくれたのは、そんな家庭的な雰囲気の会社だったことと、経済成長の波に乗った良き時代だったからでしょう。

その時に得た知識は今でも私の仕事の礎になっています。

その後転機なったのは50歳で介護の負担が重くなり、より自由な働き方が必要となったため、他人に使われるのではなく、キャリアを積んだ業界で起業することを選択したことでした。

起業と言っても従業員は自分一人の超マイクロビジネスです。

自分でもうまくいくかどうかなんて言う自信はなかったのですが、介護で仕事を辞めるよりは

自分で起業

を選択したのです。

幸いにも子供たちは成人していましたし、住宅ローンも抱えていませんでしたし、持ち家もあったので、
「自分ひとり食べていくのは何とかるだろう」
という根っからのプラス思考で始めました。

起業一年目の自分の給料は8万円。

税理士さんから
「あまりに少なすぎるのでもう少し払った方が。。。」
と言われてしまいました。

周りに助けられ仕事も順調に入るようになり、2年目には自分に30万円の給料が払えるようになり、厚生年金にも加入することができました。

4年目以降は給料も50万円に増やすことができ、その後は自分で目の行き届く仕事範囲とワークライフバランスを考えこれが適切だと思い、7年目の現在までほぼ同じ売上と利益が続いています。

50歳を超えた女一人での起業なんて100人中99人が反対するでしょう。

でもこれまで大企業と呼ばれるところに勤めたことがなく、会社の名前に頼ることなく仕事を続けてきたおかげで、自分でも意外なほど大した問題もなく会社を続けることができています。